実はこのエンジン、先ごろ日本でも発表になった「Audi RS 7 Sportback performance」「Audi RS 6 Avant performance」に搭載される4.0 TFSIと同じもので、AUDI AGの100%子会社であるquattro GmbHが手がけたものだ。Audi R8を除けば、この2台とAudi S8 plusがAudi最強の心臓を持つモデル、ということになる。
そんなことを考えながら実車を観ると、本来はシングルフレームグリルやサイドウインドートリムなどがブラックになるところを、オプションの「S8スタイリングパッケージ」によりクロームに変えられている試乗車は、拍子抜けするほど上質な佇まいだった。
それでも、21インチのアルミホイールやそのスポークから顔を覗かせるセラミックブレーキが、只者ではないことを寡黙に主張している。オプションのカーボン製リヤスポイラーもS8 plusのエクステリアを際立たせるアイテムのひとつだが、スポーツ性を前面に押し出すRSモデルとは明らかに違う、Sモデルならではの仕立となっている。
インテリアも、アルミとカーボンを使ったデコラティブパネルなどによって、いつものA8とは異なる、クールでスポーティな雰囲気に仕上がっている。それでいて、決して上質さを失わないのがSモデルらしいところだ。
このRSモデルでもない、Aモデルでもない、Sモデル独特の世界は、その走りにも現れていた。
さっそくエンジンをスタートさせると、意外に控えめなサウンドとともにアイドリングを始めた4.0 TFSI。605psの実力の持ち主とはにわかに信じられないほど、控えめな演出である。
まずはアクセルペダルを軽く踏んで発進。275/35R21タイヤを装着するだけに低速では路面の荒れを拾うこともあるが、締め上げられたアダプティブエアサスペンション スポーツが姿勢変化をしっかりと抑え込む一方、決して乗り心地が硬すぎないのはSモデルの流儀。4.0 TFSIエンジンと8ATの組み合わせは低速からスムーズで、1500rpm以下でも豊かなトルクを発揮し、2110kgという車両重量が嘘のように軽快な加速を見せる。これだけなら、とても紳士的なラグジュアリーサルーンという印象だ。
しかし、アクセルペダルを深く踏み込むとAudi S8 plusは豹変した。キャビンに流れ込むV8サウンドこそ、RS 7やRS 6のような荒々しさはないが、まさに背中を押されるような加速を伴いながら瞬時にエンジンが吹け上がる。にもかかわらず、ステアリングを涼しい顔で握っていられるのは、圧倒的なエンジントルクを余すところなく路面に伝えるquattroのおかげ。常に安定を保ったままグイグイとスピードを上げるのがquattroの凄いところだ。
しかもこのAudi S8 plusは、直線が速いだけでなくコーナーも速い。前述のアダプティブエアサスペンション スポーツに加えて、リヤアクスルのトルク配分を行うリヤスポーツディファレンシャル、クイックなギアレシオのダイナミックステアリング、そしてタイヤのグリップを生かすquattroなどにより、意外なほど軽快に、狙ったラインをトレースするのだ。
その動きはまさにスポーツセダンの頂点にふさわしいものだが、AudiのSモデルに不可欠な洗練を忘れないAudi S8 plus。最高のドライバーズサルーンを求める人には見逃せない存在である。
(Text by Satoshi Ubukata)