その変化にすぐに気づいたのは、クルマの限界を試せるサーキットなればこそだが、今回の変身は限界域の運動性能に限ったことではなく、日常の快適性にも直結する「うれしい変化」であった。
さて、2007年7月の発表から5年あまり、「R8」はこれまでにも大小さまざまな改良を繰り返してきた。たとえば、大きな"改革"では5.2L V10ユニットとスパイダーボディの追加が挙げられるが、今回のギアボックスの換装もこれに劣らぬ大変更といえるだろう。シングル・クラッチのRトロニックからデュアルクラッチのSトロニックへ、この動力伝達機構の違いが「R8」の運動性能を一段と引き上げたことは間違いない。
たとえば、ル・マン24時間レースなどで培った軽量化技術を活かした"ASF"(アウディ・スペース・フレーム)などその好例で、アルミフレームの単体重量はわずか210kg(クーペモデル)に過ぎず、今回の最大のトピックである"Sトロニック"も、もともとはWRC(世界ラリー選手権)で活躍したアウディ・スポーツ・クワトロS1の技術を市販車にフィードバックしたものである。
パワーユニットは、V型8気筒DOHC4.2LとV型10気筒DOHC5.2Lの2種類があり、V8 4.2Lは最高出力316kW(430ps)/7900rpmと最大トルク430Nm(43.8kgm)/4500〜6000rpmを発揮。
いっぽう、今回おもに走らせた「アウディR8 5.2FSIクワトロ」に積まれるV10ユニットは、最高出力386kW(525ps)/8000rpmと最大トルク530Nm(54.0kgm)/6500rpmを生み出す。
そのV10 5.2Lに7速Sトロニックを組み合わせたR8は、スタートからわずか3.6秒で100km/hに達する、優れた加速性能が特徴のひとつだ。実際、これは呆れるほどの速さというほかない。1速から2速へ、さらに3速へとシフトアップする際の動き、つまりパドルを引く操作に五感を研ぎ澄ます必要さえ感じるほどの早さが要求されるのだ。
いっぽう、Sトロニックがもたらす素早いシフトダウンによって、これまで以上にリズミカルにコーナーに飛び込めるようになった。シフトダウンの際、Rトロニックは「ブォン!」と自動的にブリッピングしてエンジン回転数を合わせていたが、Sトロニックはその操作が省かれる代わりに変速速度が圧倒的に上がっていて、今回のような"ミッキーマウス・サーキット"、すなわち2速、3速、4速の低いギアを繰り返すような場面では有効に感じた。
「ありがたい」といえば、かつてのR8はコーナー進入時の姿勢に敏感で、わずかな速度超過に対してもテールスライドを起こしていた印象が残っているが、新しい「R8」はそんな記憶とは対象的に、リアタイヤは常に安定したグリップを発揮し、むしろアンダーステアを感じる場面のほうが多かった。ここ袖ヶ浦フォレスト・レースウェイは、平均速度が低いせいもあるだろう。
ほかに新しい「R8」は、ブレーキにウェーブ形状のディスクローターを採用することでバネ下重量の軽減を図っているので(1輪あたりマイナス500g)、これも操縦性に良い影響を与えているに違いない。
ちなみに、R8の前後駆動力配分は通常時が前15%:後85%となっており、前輪へは最大でも前30%の駆動に留められている。実際、たとえばR35GT-Rなどと比べると、前輪の駆動力は補助的な使われ方に終始しているように感じられた。
今回はV10クーペを中心に走らせたが、個人的にはスパイダーが気になってしかたがない。というのも、Sトロニックの採用によって日常域の快適性がさらに向上していることが確認できたからである。V10クーペのパワーとハンドリングも魅力だが、スパイダーの色香も捨てがたいというのが正直なところで、軽快感が魅力のV8モデルにもスパイダーを設定してほしいものだ。
(Text by Tsutomu Arai / Photos by Wataru Tamura)
さて、2007年7月の発表から5年あまり、「R8」はこれまでにも大小さまざまな改良を繰り返してきた。たとえば、大きな"改革"では5.2L V10ユニットとスパイダーボディの追加が挙げられるが、今回のギアボックスの換装もこれに劣らぬ大変更といえるだろう。シングル・クラッチのRトロニックからデュアルクラッチのSトロニックへ、この動力伝達機構の違いが「R8」の運動性能を一段と引き上げたことは間違いない。
「レースは技術の実験室である」
アウディの創業者アウグスト・ホルヒ博士は、この信念に基づきモータースポーツに力を注いでいたという。1910年のことである。それから100年あまり、この間に二度の世界大戦を経験するなどレースが中断された時期もあったが、アウディが常に"レースを意識"していることに変わりはなく、ミドシップ・スポーツカー「R8」は、レースフィールドからさまざまな技術的フィードバックを受けている。
そのV10 5.2Lに7速Sトロニックを組み合わせたR8は、スタートからわずか3.6秒で100km/hに達する、優れた加速性能が特徴のひとつだ。実際、これは呆れるほどの速さというほかない。1速から2速へ、さらに3速へとシフトアップする際の動き、つまりパドルを引く操作に五感を研ぎ澄ます必要さえ感じるほどの早さが要求されるのだ。
たとえば、レヴカウンターの中で8000rpmを目指して躍るように跳ね上がる指針を見ていたのでは、シフトアップが遅れてしまう。このV10ユニットは、295/30R19という極太サイズのリアタイヤをいとも簡単に空転させる強大なトルクを備えているが、極端にいえばこのリアタイヤがグリップした瞬間を狙って右手中指に力を入れなければレヴリミッターが作動してしまうのだ。
そして、このときの変速の速さ、鋭さがこれまでのRトロニックとの大きな違いで、0-100km/h加速が従来モデルに比べて0.3秒速くなっているのは、すべて電光石火のシフトアップのおかげである。
いっぽう、Sトロニックがもたらす素早いシフトダウンによって、これまで以上にリズミカルにコーナーに飛び込めるようになった。シフトダウンの際、Rトロニックは「ブォン!」と自動的にブリッピングしてエンジン回転数を合わせていたが、Sトロニックはその操作が省かれる代わりに変速速度が圧倒的に上がっていて、今回のような"ミッキーマウス・サーキット"、すなわち2速、3速、4速の低いギアを繰り返すような場面では有効に感じた。
「ありがたい」といえば、かつてのR8はコーナー進入時の姿勢に敏感で、わずかな速度超過に対してもテールスライドを起こしていた印象が残っているが、新しい「R8」はそんな記憶とは対象的に、リアタイヤは常に安定したグリップを発揮し、むしろアンダーステアを感じる場面のほうが多かった。ここ袖ヶ浦フォレスト・レースウェイは、平均速度が低いせいもあるだろう。
だが、あまりの操縦性の違いに調べてみると、リアサスペンションにトラック・ロッドが追加されていることが分かった。「なるほど」、リアサスペンション全体の捩れ剛性を高めた結果、タイヤの接地性が向上していたのだ。
ちなみに、R8の前後駆動力配分は通常時が前15%:後85%となっており、前輪へは最大でも前30%の駆動に留められている。実際、たとえばR35GT-Rなどと比べると、前輪の駆動力は補助的な使われ方に終始しているように感じられた。
今回はV10クーペを中心に走らせたが、個人的にはスパイダーが気になってしかたがない。というのも、Sトロニックの採用によって日常域の快適性がさらに向上していることが確認できたからである。V10クーペのパワーとハンドリングも魅力だが、スパイダーの色香も捨てがたいというのが正直なところで、軽快感が魅力のV8モデルにもスパイダーを設定してほしいものだ。
(Text by Tsutomu Arai / Photos by Wataru Tamura)