以前、私はあるGolf好きが行き着く「底なし沼」について書いた。

気が付けば、初代Golfだけでは飽き足らず、Caddyを探しはじめ、さらに世界に14台しか存在しないBischofberger製キャンピングカーまで個人輸入することになった顛末である。

あの記事を読んだ方は、その後の2台の行く末を気にかけてくださっているだろうか。

実は、この数年間は、クルマを直していたというより「人と出会い続けた時間」だった。

そして今、以前より確信を持って言えることがある。

夢は、1人で見ることができる。

しかし、その実現は、必ず共同作業になる。

今回は、そんな話をしたい。

まず、骨だけの状態で購入したCaddy。

ヨーゼフの倉庫で二十年以上眠っていたその個体は、日本へ到着したときも、まだ「クルマ」と呼ぶには程遠い姿だった。

エンジンはかからないし、内張もないし、電装品も結線されていない、ただ「転がる」状態に組まれたものだった。

エンジンをバラシ、こびりついた油汚れを落とし、磨き……おびただしい数の部品を集め、ボディ修復と塗装に途方もない時間とスキルが注ぎ込まれた後、組み立て、配線を戻し、ひとつひとつ命を吹き込んでいく。

もちろん私1人にそんな技術はない。

ボディを託したのは兵庫、尼崎にあるフォルクスワーゲン認定工場、阪神サンヨーグループの中央自動車鈑金工業所

TeamCaddyの皆さん@中央自動車鈑金工業所。

情熱を持って取り組んでくださった”Team Caddy”の皆さんの手で、長い年月を経た鉄板は少しずつ輝きを取り戻し、R-M(R)の純正塗料によって鮮やかな赤を纏っていく。

VW純正塗料@R-Mでの全塗装。

その過程では、Greentechさんが、ドライアイス洗浄で何十年分もの汚れを落としてくださった。

部品を探してくださる方、中古パーツや情報を提供してくださる方、応援してくださるサポーターの皆さんも。

ボルト1本まで解体してフルレストア。

気がつけば、1台のクルマの周りには、それぞれ違う得意分野を持つ人たちが集まっていた。

それぞれの方が、持てる力をフルに注ぎ込んでくださる様子は、レストアというより、長い駅伝を見ているようだった。

いつも総出でCaddyを仕上げてくれた。

2025年のAutomobile Councilでは、そのCaddyを展示することができた。

ここまで支えてくれた皆さんへの、ひとつの報告でもあった。

2025年、カウンシル会場で、G.ジュジャーロ氏と。

もう1台のCaddy Bischofbergerは、また違う長旅になった。

友人の1人は、なんとドイツでの納車旅に同行してくれた。

皆、とにかく熱いのだ。

こちらは、ドイツで現役で走っていたクルマだが……日本で登録できる保証がどこにもなかった。

古い輸入車には、部品だけでは解決できない壁がある。

特に、排気ガス試験は鬼門だ。

当時の欧州には存在しても、日本では前例のない仕様。

前途には、さまざまな壁が立ちはだかって見えたが、諦めるという気持ちは微塵も起きなかった。

1年に及ぶ機関のレストア@CHELM。

あらゆる場面で、「夢のキャンパー」が走れるように尽力してくれたのは、大阪の空冷VWショップ、CHELM(ヘルム)の“てんちょー”だ。

全塗装最終仕上げ@CHELM。

ヘルムは、傷んだ車体をひとつひとつ蘇らせてくれた。不動だったエンジンの再生、部品取り車からのパーツ移植、謎のエンストとの格闘から、ついには全塗装まで世話になってしまった。

CHELM “てんちょー”と、試運転成功。

排ガス検査は、最初に預けた業者には理由もわからず半年雨ざらしで放置された…。

見かねた大阪のVWキャンパーショップ・GAKUYAさんがそんな私とキャンパーに素晴らしいプロフェッショナルを紹介してくれた。

ナンバー取得には避けて通れない難関に力を貸してくださったのは、東大阪のGarage Belさんだった。

1985年のGolf Caddyベースのキャンピングカーを、日本の排気ガス基準へ適合させる。

言葉にすると1行だが、その裏側には膨大な経験と調整がある。

その関門を越えられたことで、このクルマはようやく日本で生きていく大きな一歩を踏み出せた。

考えてみれば、誰1人として同じ仕事をしていない。

それぞれが自分の専門性を持ち寄り、1台のクルマという夢を支えてくれている。

2026年のAutomobile Councilには、そのBischofbergerを展示した。完成車ではない。

2026年カウンシル出展。レストア中の姿を展示。設営準備メンバーと。

真っ白なサフェーサー姿だった。

普通なら、完成してからお披露目したい。

けれど、このクルマは完成姿だけではなく、その過程にも意味があると思った。

2026年カウンシル。期間中のサポートメンバーと。

会場では、「来年、完成した姿を見に来ます」という言葉をたくさんいただいた(出展できるか、まだわからないが・・・)。

そうか。このクルマを楽しみにしてくださっているのは、もう私だけではないのだ。

いま、Bischofbergerは、いよいよ夢見た姿になって返り咲こうとしている。

塗装についてはかなり悩んだ。

オリジナルを守るべきか。

それとも、私が一目惚れした、あのプロトタイプのカラーリングを再現するのか。

10年、憧れ、追いかけ続けた。

最後は、自分の心に正直になることにした。

あの日、画面の向こうで恋に落ちた1台。

それを目の前に出現させたい。

いよいよ、10年追いかけた夢の姿に。

初代Golf顔の、スタイリッシュな一体化ボディのキャンピングカーは、その小さなボディからは想像できない存在感を放つのではないだろうか。

この数年間で、クルマ以上に学んだことがある。

パーツ提供してくれたスピニングガレージ。

夢を見ることは、1人でもできる。

しかし、その夢が形になる場には、必ず誰かがいる。

Caddyを譲ってくれたヨーゼフ@オーストリア。

このストーリーに登場する方々が1人でも欠けていたら、赤いCaddyも、Bischofbergerも、今日の姿にはなっていなかっただろう。

Camperを譲ってくれたステファン@ドイツ。

私はオーナーには違いないが、この2台は、決して私1人で蘇らせたクルマではない。

私が見た夢を、多くの人が自分の仕事として受け止め、一緒に実らせてくれたクルマなのだ。

だから完成の日は、私だけのゴールではない。

この旅に関わってくださったすべての人たちと、一緒に迎えるゴールなのである。

なぜそんなにGolfが好きなのか、そんなにGolf好きだと人生どうなっちゃうのか。折しも、Golf誕生50周年の節目にあたる2024年にスタートした、私の狂ったGolf愛を語り尽くす【Liebe zum Golf / リーベ ツム ゴルフ(ゴルフへの愛)】。熱く、深く、濃く、という編集方針に則り、偏愛 自動車趣味の拙文を綴ります。