折しも今年はGolf誕生50周年!

1974年3月29日、ウォルフスブルク工場の組み立てラインから初めてのGolfがラインオフ。

恋焦がれてついに2002年に私の元にやってきた1980年式Golf Eは、1979年11月5日に完成し、11月7日に出荷された。

なぜそんなことがわかるか、というと、フォルクスワーゲン本社にはすべての車両の「出生記録」が残っていて、現在でもVW Classic Partsのwebサイトで発行を依頼することができるのだ(私が依頼した15年前と比べるとだいぶ費用は上がっているが...)。

■Certificate and data sheets
https://www.volkswagen-classic-parts.com/en_global/service/certificate-data-sheets.html

すべての自動車メーカーがこういったサービスをしているのか不明だが、少なくとも、こうした”Zertifikat(証明書)”が、愛着指数をMAXに押し上げるのは間違いない。

初代Golf。

その誕生に際して、ジウジアーロ氏によるデザインで決定して本当に良かった。

とにかく見どころが尽きない自動車。

もちろん、視覚だけでなく、走らせて感じることもいくらでもあるが、まずは、その端正な佇まいから紐解いていきたい。

それまでtyp1、いわゆるBeetleを作っていたウォルフスブルク首脳陣が、次期モデルの開発に相当苦労したのは有名な話で、信頼と実績のある空冷エンジンと後輪駆動を引き継ごうと考えたのは至極真っ当なアイデアだった。

それでも新しさを求める気持ちはいつの時代も変わらなかったようで、ポルシェも担ぎ出されて実にさまざまな試作車を生み出していた。

写真のグリーンのミニカーは、EA266というモデルで、依頼されたポルシェ社がBeetleに次ぐフォルクスワーゲンの新型車として設計したもの。

リヤシートの下に水平対向エンジンを収容するミッドシップレイアウトという変わった設計のため、整備性も生産効率も良くなかったそうだ。

量産化への決め手を欠いていたところ、開発を主導していた社長、ハインリヒ・ノルトホフ氏が急逝、後任のルドルフ・ライディングによって計画が白紙に戻された。

EA266は、ポルシェのテクノロジーが注がれていたけれど、スタイリング的には洗練されているとは言い難く、計画撤回がさまざまな論争を巻き起こしたと言うが、その結果Golfが生まれたとなると、半世紀を経ても私はその決定を称賛するしかない。

EA266断念の後も次期モデル開発に頭を悩ませていた首脳陣は、1969年のトリノモーターショーをリサーチ、そこで気に入った車種を選び、そのデザイナーに次期Beetleとなるクルマのデザインを委ねようとした。

なんとそのとき、選んだ複数台のほとんどが一人のデザイナーの仕事とわかり、かのジョルジェット・ジウジアーロ氏に白羽の矢が立てられたのだ。

初代Golfは、氏が30歳と少しの頃の仕事なのだから驚く。

Golfがここまでの成功を収めたのは、なぜだろうか。

マエストロ・ジウジアーロは、Golfになにをもたらしたのか。

ジウジアーロ氏は「デザインは、装飾ではない。」と言う。

デザインとは、設計と同義だ、と。

自動車デザイナーは、だから、スタイリングだけでなく、エンジニアリング、メカニクス、エレクトロニクス、物理学から経済学などまでを視野に入れて行う仕事だと言うのが氏の信条で、外観、機能が優れているばかりでなく、その人気や個性、そして使い心地などのあらゆる面で最良のソリューションをサポートできる能力がなければいけない、と語っている。

イタリア人である氏は、芸術品から家具まで、古来よりヨーロッパで生み出されてきたものの多くが、そうした多角的な視点を考慮してこなかったことを承知の上で、自動車のように大量生産されるものがそのままのやり方で生み出されることは一新されるべきである、とも語っている。

Golfは、Beetleの後継車として誕生するにあたり、当然、大量生産・大量販売されるという宿命を負って生まれた。

そのGolfのデザインーもうすでにこの言葉は多くの視点を含んでいるがーをジウジアーロ氏が担うことになったのは、奇跡だ。

だからこそGolfは、50年間そのデザインコンセプトを変える必要がなく、8代目になっても変わらぬアイデンティティを持ち続けていられるのだと思う。

ジウジアーロ氏が、くだんのトリノショーで出品していた自動車は、大量生産車ではなく、アバルト、マンタ、イグアナなど、ショーを彩るコンセプトカーだった。

そのような先鋭的なスタイリングを手掛ける氏が、Golfをデザインするにあたって華美で派手な見かけではなく、冷静かつ理知的にその筆を走らせたことが、 Golfを他の大衆車と一線を画す存在たらしめたのは疑いようがない。

「イタリアンデザイン x ジャーマンテクノロジー」という最高の組み合わせが初代Golfである。

自動車デザインとは、あらゆるクルマ作りの要件を含むべきであると同時に、その見た目の魅力もなおざりにしないことだ、と氏は語る。

高い走行性能と機能性、居住性が、端正なボディに包まれ、まとめあげられている。

私が初代ゴルフに惚れ込んでいるのはまさにこの点で、絵画芸術、造形技法だけでなく、工業図面を読み、製図することまで身につけたという点で、やはり稀代のデザイナーと言う他ない。

Golfのボディは、丸いフォルムのBeetleに比べれば角張っていると言われるが、実物を観察するとその直線が直線でないことがわかる。

初代Golfのボディにジウジアーロ氏が注ぎ込んだ工夫を見ていこう。

コンパスと定規で作図されたようなフロントグリルは、すべてのルーバーが並行に見えているかもしれない。

下端はほぼ直線だが、実は上端は緩やかなカーブを描き、そのカーブが、まん丸なヘッドライトとともに表情に優しさを与えている。

そしてその丸い目は、行儀良くグリルの枠内に収まるわけではなく、微妙にはみ出すことで「丸と直線」に見える顔が単調にならないようにしている(このヘッドライトがグリル下端をはみ出す文法は、GolfVを除く全世代に貫かれている)。

また、グリル上端のカーブは、ボンネットのカーブに沿っていて、この緩やかなカーブがGolfのスクエアな表情を作っているとジウジアーロ氏は語っている。

ここを本当に直線にすると、視覚的には凹んで見えてしまうそうだ。

斜め前から見てみる。

バンパーから下の部分が、前から見ても、横から見ても、急なカーブを描きぐっと絞り込まれている。

真正面に回ると、絞り込まれた裾の奥にタイヤのトレッド面が見える。

意図的にタイヤを見せることで、小型車ながらも大地に踏ん張っている感じ出すことで、安定感・塊感の演出につなげたそうだ。

この演出は、リヤ側から見ても効いている。

サイドウインドウ周りには、ちょっとした謎がある。

この部分、単純にプレスで一段凹まされているように見えて、実は螺旋を描いている。

指をドアノブの横からフロントに向かって滑らせ、三角窓に沿ってルーフラインを通り、そこから窓に沿って下ろしてくると、指先はいつの間にか一段低い面に出るのだ。

実は、模型を作ろうとして観察したときに、この単純に見えて複雑な面構成に気がついた。

そして特徴的なCピラー。

2ドアと4ドアではほんの少し印象が異なるものの、最新型まで続く大きなアイコンとなっている。

個性的な見た目に加え、リヤハッチの大きな開口部の強度を確保するために必然的に太くされており、Golfの機能美の象徴とも言える部分になっている。

そして、初代Golfのハッチバックスタイルを魅力的に見せているのは、テールゲートの形状だ。

よく見ると、リヤウィンドウの周辺は一段低くなっており、なおかつボディを包み込むようにサイドが折れている。

このラップラウンド形状がもしなかったら、段ボール箱を開くような味気ないリヤゲートになってしまっただろう。

2013年の東京で、Golf7のプレス発表会が開かれたとき、このクルマのデザインを統括したヴァルター・デ・シルヴァ氏とともに、マエストロ・ジウジアーロも来日した。

氏がそのとき、「大量に作られ、街に溢れる大衆車こそ、きちんとデザインしないと視覚を汚染することになる」と語った言葉が印象的だった。

「デザイナーとして、奇抜な、目を惹くような意匠に憧れる気持ちはわかるが、果たしてそれが、長年にわたって愛され続けるものになるだろうか」とも語っていた。

幸運にも、このセレモニーのプロデュースを仰せつかった私は、愛車のミズイロ号、Golf4、Golf5GTIをはじめ、友人たちの協力も得て20余台の歴代Golfを会場に並べた。

そのリハーサル時、会場に姿を表したマエストロに声をかけ、ミズイロ号のルーフライニングにサインを入れていただいた瞬間は、私のGolf趣味人生のある種のクライマックスと言っていいだろう。

誕生から50年。

ジウジアーロ・デザインの初代Golfを目の前にすると、人は笑顔になる。

交差点での信号待ちで、横断する人が「かわいい」と言うのを聞いたことがある。

ガソリンスタンドや、サービスエリアでも声をかけられることがある。

丹念に作り込まれたボディのディテール、ハリのあるふくよかな面は、半世紀の年を経ても、まったく色褪せない。

スーパーカーでもない大衆小型車を、時を超えて輝かせる力があるジウジアーロ・デザインは、やはり、この星の奇跡ではないだろうか。

なぜそんなにGolfが好きなのか、そんなにGolf好きだと人生どうなっちゃうのか。折しも、Golf誕生50周年の節目にあたる2024年にスタートした、私の狂ったGolf愛を語り尽くす【Liebe zum Golf / リーベ ツム ゴルフ(ゴルフへの愛)】。熱く、深く、濃く、という編集方針に則り、偏愛自動車趣味の拙文を綴ります。