昨今Audiといえば「e-tron」であるが、イタリアではもうひとつの“トロン”が人気というのが今回のお話である。

画像: Audi A3 Sportback g-tron。カタログ値ではCNGのみで400kmの航続が可能。

Audi A3 Sportback g-tron。カタログ値ではCNGのみで400kmの航続が可能。

ドイツではイタリア人の心は掌握できず?

その前に、新型コロナ対策として事実上の国土封鎖のもと、外出制限と休業措置が継続中であるイタリアの近況を。

4月第一週からは1日あたりの新規感染者数、集中治療室の患者数ともに減少傾向がみられるようになった。1日あたり死者数も緩い低下カーブを示すようになった。

それを受けてイタリア政府は4月13日、各種規制の解除に向けたロードマップの構想を示した。

画像: イタリアにおけるAudiのオフィシャルサイト。「いち早く再出発するためにも、今止まることが大切です」と、家にいることを促している。上部にある「g-tron」の文字にも注意。

イタリアにおけるAudiのオフィシャルサイト。「いち早く再出発するためにも、今止まることが大切です」と、家にいることを促している。上部にある「g-tron」の文字にも注意。

先に発表されていた5月3日の一般市民の移動制限解除に続き、5月18日にはバールやリストランテの開店を許可する予定だ。

ただし、マスク着用やソーシャル・ディスタンス維持の義務化は避けられない見通しだ。

それらを守りながら、バールでカウンター越しの店主と世間話をしながらエスプレッソをグイッと立ち飲みする当地の習慣が、どう展開されるのか想像がつかないが。

31日にはサッカー選手権の試合が再開される予定である。

さらに文化財・文化活動および観光省のロレーナ・ボナコルシ次官は、今夏とくに海のヴァカンスを安全に解禁できるか検討中であることを明らかにした。

イタリアの観光産業における2020年の売上高試算マイナス70%を重くみたであろうことはたしかだが、同時にイタリア人のマインドを心得たものでもあると筆者は観察する。

対して、4月12日に欧州議会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長のドイツ紙ビルトのインタビューにおける「7・8月のヴァカンス予約は控えて」発言は、イタリアで大きな反感を招いた。前述のボナコルシ次官も即座に遺憾の意を示したほどだ。

ライエン委員長自身に関していえば、イタリアが新型コロナ危機に陥った早い段階で、応援のビデオメッセージを流暢なイタリア語で収録した。彼女が一般的ドイツ人以上に、イタリア文化に対する造詣と知識をもっていることは明らかだ。

だがEU高官の家庭に生まれ、医師を経てドイツ政権与党の大臣職を務めてきた、いわばエリートである彼女には、いかにイタリア一般市民にとって夏が大切であるかを理解していない。夏の太陽と海、22時近くまで明るい夜に、家族や友人と楽しむ食事や散歩。それらは生きていることを実感するものなのである。

こうしたメンタリティの差異の理解こそがヨーロッパ内で最も難しいところである。同時にイタリアの政治家は現在、いかに一般市民の心をコントロールしながら、新型コロナ禍を収束させてゆくかに腐心しているのである。

数々のメリット

いっぽうでAudiは、各国の事情に精通している。その良い例が「g-tron」であろう。

イギリスやフランスなどではカタログに載っていないが、ドイツやイタリアなどで販売されている。

g-tronとは、AudiにおけるCNG(圧縮天然ガス)併用モデルのことである。ガソリン/CNG双方を切り替えて燃料として使用できる。通常は安いCNGを使い、充填スタンドが付近に無い場合もガソリンを給油して走れる。

画像: Audi A3 Sportback g-tonのメーター。左の回転計にはCNG用残量計が緑色で、右の速度計にはガソリンの残量計が白色で備わる。

Audi A3 Sportback g-tonのメーター。左の回転計にはCNG用残量計が緑色で、右の速度計にはガソリンの残量計が白色で備わる。

Audiのg-tonは2013年ジュネーヴショーで、まずはA3の1バージョンとして発表された。2020年4月現在はA4 AvantとA5 Sportbackにも設定されている。

g-tronモデルおよびドイツのe-gas生産設備については、以前このコーナーに寄稿した記事に詳しいのでそちらも参照されたい。

CNG車は窒素酸化物(NOx)の排出量が少なく、粒子状物質(PM)をほとんど発生させない。加えて、二酸化炭素排出量(CO2)も低減できることから、環境政策を進める各国でさまざまな優遇措置が適用されている。

同様のモデルはイタリアの場合、フィアットやランチア、同じフォルクスワーゲングループのフォルクスワーゲン、セアトやシュコダにも用意されている。

このg-tronシリーズ、具体的な国別販売台数は手元にないが、イタリアが重要なマーケットであることはたしかだ。

中古車市場でもg-tronは、イタリアでとくに取引が活発である。ヨーロッパ最大の売買サイト「オートスカウト24」には2020年4月15日現在484台がリストアップされているが、うち295台、つまり半分以上がイタリアだ。

参考までに、イタリアにおけるA4 Avant 40 g-tron Sトロニック170hpの価格は44,300ユーロ(約532万円)である。

いっぽうガソリン仕様の40 TFSI Sトロニックは、20hp多い190hpであるうえ、g-tron仕様より僅か200ユーロ高の44,500ユーロ(約518万円)である。

ディーゼルである40 TDIも44,950ユーロ(約526万円)と、g-tron仕様と650ユーロ高いだけだ。そのうえ、こちらも190hpである。

価格だけみると、g-tronは決してお買い得なモデルではない。

画像: Audi A4 Avant g-tron

Audi A4 Avant g-tron

しかしイタリアでCNG車を選ぶメリットは数々ある。

まずは購入時。ミラノがあるロンバルディア州では、エコカー推進政策により、古い欧州排ガス基準の下取り車を出してCNG車を購入する場合、ガソリン/ディーゼル車を買う場合よりも増額される。

買ってからの維持費用も安い。年間の自動車税は州による差はあるものの、環境税制によりガソリン車と比較して約25%安いとされている。

燃料コストも安い。CNG用車載タンクの製造業者「ランディ・レンツォ」によれば、ガソリン/ディーゼルと比較して、CNG車は年間最大6割も燃料代を節約できるという。

CNGスタンド数も心配ない。イタリアはヨーロッパ最多の1,327ヵ所を誇る。高速道路のサービスエリアにも併設されている場合が少なくない。

参考までに2位は近年グリーンエネルギー政策で急激に数を増やしたドイツだが、一桁少ない837カ所にとどまる。

イタリアらしい、さらなる有り難い点もある。環境への配慮からガソリン/ディーゼル車の歴史的旧市街への進入を禁止していても、「電気自動車およびガス仕様車は乗り入れ可」としている自治体が少なくないのだ。

自動車ユーザーの間でも、“特殊な車”という認識や、それに乗っている後ろめたさは存在しない。背景には、CNGスタンド以前に、1960年代からLPG車およびそのスタンドが広く普及していたことがある。

「ふれあい」もついてくるかも

ただし覚えておかなければいけないのは、CNG車には5年ごとに車載タンクのチェックがあり、検査料として約120ユーロが必要であることだ。検査を無視して運転した場合、最高594ユーロ、円換算で約7万円の反則金が課せられる(料金はVMotori調べ)。

g-tronのユーザーではないが、これまで筆者がインタビューしたCNG併用車やLPG併用車のイタリア人ユーザーは異口同音に「もうガソリン/ディーゼルには戻る気はない」という。

画像: Audi A5 Sportback g-tron

Audi A5 Sportback g-tron

いっぽう筆者は、イタリアに住み始めてから今日までクルマはほとんどディーゼル車で、CNGやLPGの併用仕様を所有した経験はない。

さらにいえば最近給油の際、店員との会話といえば「満タン」「カードで」「領収書」の三語しかない。

いっぽうで、CNG/LPGスタンドには、独特の雰囲気がある。

スタッフと客の間が和気あいあいとしているのだ。

理由はふたつ考えられる。

ひとつは「工場併設」であることだ。Audi g-tronのようにカタログに載っている仕様ではなくても、自分のガソリン車をCNGやLPG併用車に改造してもらうユーザーは、イタリアに少なくない。それを実施してくれる工場は大抵スタンドの裏側にあって、スタンドのスタッフが兼ねている。その時点から、ホームドクターのごとくスタッフとの交流が始まるのである。

もうひとつはガスの充填時間がガソリンやディーゼルより若干長いことだ。その間にスタッフとの会話がはずむ。

画像: 筆者が住むシエナ市内で見つけたAudi A3 Sportback g-tron。

筆者が住むシエナ市内で見つけたAudi A3 Sportback g-tron。

かつて取材した充填スタンドのおじさんはとても親切で、彼の家や休暇先に招待してもらったこともあった。

g-tronを購入すると、ヒューマニティ溢れる触れ合いもついてくるかもしれない。

(文:大矢アキオ Akio Lorenzo OYA / 写真:大矢アキオ Akio Lorenzo OYA, Audi)

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