情報過多のブログ時代を突き抜ける8速目のギア 「8speed.net」フォルクスワーゲンライフがもっと愉しくなるウェブマガジン

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Brand Story
【Brand Story】フォルクスワーゲンを支えた人 vol.4
120620-Kiku-04.jpgジョルジェット・ジウジアーロ

過去を振り返り、すぐれたパッケージングをもつクルマは数多く存在します。しかし、多くの自動車メーカーがベンチマークとし、現在でも名車として語り継がれているモデルといえば、初代ゴルフでしょう。このスタイリングとパッケージングを担当したデザイナーが、ジョルジェット・ジウジアーロです。
【Brand Story】フォルクスワーゲンを支えた人 vol.3
120109-8ss01.jpg梁瀬次郎

フォルクスワーゲンが今日のように日本中で愛されているのには、いくつか理由があります。工業製品として優れていることはもちろん、日本人のライフスタイルにパッケージや性能、価格が合致しているということがあげられるでしょう。さらに忘れてはならないのは、フォルクスワーゲン車の輸入・販売に尽力をしたひとりの人物がいたということです。それは、終戦と同じ1945年から2002年までの長きにわたり株式会社ヤナセを率いた梁瀬次郎です。
【Brand Story】フォルクスワーゲンを支えた人 vol.2
111220-8ss001.jpgハインリッヒ・ノルトホフ 
〜フォルクスワーゲン復活の立役者〜


フォルクスワーゲンの歴史を振り返るとき、忘れてはいけない人物は数多く存在します。今回ご紹介するハインリッヒ・ノルトホフもそのうちのひとりです。彼は第二次世界大戦後のフォルクスワーゲン拡販に際して深く関わり、尽力した人物です。
【Brand Story】フォルクスワーゲンを支えた人 vol.1
111202bs001.jpgフォルクスワーゲンの歴史

フォルクスワーゲンの生みの親は、みなさんもよくご存知のフェルディナント・ポルシェ博士です。自動車黎明期を代表するエンジニアのひとりとして、現在でもその名が轟いている人物です。
【Brand Story】フォルクスワーゲン フリーク
111019-8ss02.jpg私が子どもの頃、伯母は水色のクルマに乗っていました。とても活動的な女性で多趣味。どこにでも水色のクルマで颯爽と出掛けていました。
小さなクルマでした。当時の国産車はまだ、今でいうコンパクトカーは少なく、ミディアムサイズ以上のセダンが主流だったと記憶しています。そんななかにあって伯母の水色のクルマはひときわ小さく、しかし強い存在感を放っていました。
【Brand Story】カブリオレ
110902bs010.jpgオープンカーは贅沢なクルマです。なんといっても屋根が全開になり、ドライブをしながら全身で太陽の光を浴び、風を受けることができるのです。


【Brand Story】クルマの年輪
110801bs01.jpg人間は歳とともに、歩んできた人生が顔などに表れるといわれます。クルマはどうでしょう?



【Brand Story】名前の由来
110721bs002.jpgフォルクスワーゲンの魅力はたくさんあります。とくに、他の輸入車よりも身近に感じることや、それが信頼や安心につながっていることがいちばんの特徴ではないでしょうか。

【Brand Story】フォルクスワーゲンのある風景
110624_8ss002.jpg自宅から事務所までの約8キロの道のりを通勤途中、私は毎日いろいろなフォルクスワーゲンと出会います。ピカピカに磨き込まれたタイプ1のカブリオレに始まり、タイプ2、ルポGTI、先代パサート、先代トゥアレグたちが朝の挨拶をしてくれます。あ、タイプ1のカブリオレは頭からガレージに収まっていますので、お尻での挨拶ですが・・・
【Brand Story】世界のベンチマーク
110615_8ss001.jpgフォルクスワーゲン タイプ1。別名ビートルのセールストークをご存知ですか? 当時どのような形態でクルマが販売されていたのかを正確には知りませんが、恐らく「このクルマはこんな性能や機能をもち、ユーザーにはこんなメリットがあります」というセリングポイントがあったはずです。